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ブログタイトルどうしよう 〜就活奮闘記。〜

自分が自分らしくいられる場所を探し求めて、三千里。地球の南端国(?)ニュージーランドから、ひとり言をお届けしております。

結果を出すということ

こんにちは。もえみんです。

 

いろいろと考えることが多い今日この頃なのですが、

最近年上の人とお話しさせてもらうことが多いので

そこで考えさせられたことをまとめようと思います〜。

 

 

出る杭は撃たれる

 

日本文化だけではなく、アジア圏、ヨーロッパ圏でも、

出過ぎる杭は打たれるものです。。

 

仕事に関してだけではなくて、

 

私の友達の中には結婚を間近にして女性友達に何か言われ、

挙式もハネムーンも全てキャンセルした、という人がいます。。

 

女性同士で結婚前に愚痴言いあったら、

嫉妬している他の女性は悪いように仕向けるのか

少し未成熟さを感じましたが、、

 

まあまあ、何にしても、自分が欲しいものを持っている人を見ているというのは

嫉妬を持たずにはいられないというのが人間の常なのですね。

 

結果が全て

 

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残念なお知らせですが、

多くの人は「過程」を気にしてくれません。

 

でも、過程が一番ドラマティックで、かっこよくて、

汗水流して頑張ったという部分…

 

残念でしょうがないですが、過程でどんなに頑張ったって、

結果が出なければ、その辺のぷらぷらしてきた人と同じように扱われるのです。

 

特に若いうちは、

「留学しました〜」

「海外インターンしました〜」

と言っても、

「そこで何を成し遂げたのか?」

「何を得たのか?」

という部分が注目されるのです。

 

「在学中に起業しました〜」

というのはとても聞こえがいいけれど、

売り上げが伸びていない、

マーケティングが甘い、

という結果であれば、

「あ〜まあサークルやるような感じで起業しちゃったのね」

と言われ兼ねないのです。残念なことに。

 

すごくもどかしいのは、

1年間海外で勉強してきた私には

「これ」と言った目に見える成果がないこと。

 

英語が堪能になったこと、

いろんな人と出会って聞いて話して、精神的に成長したこと、

様々な問題を自分で解決してきたこと、

海外で仕事をしてきたこと、

 

これらは、「過程」であって、「留学の終わりが結果ではない」という現実が立ちはだかっているのです。

 

では、何が結果にあたるのか?

 

そんなこと言ったら、「結果」なんていつまで経っても成り立たない〜と、ダークサイクルに飲み込まれている私です。。

 

でも、例えば、私だったら、IELTSとかTOIECが目に見える英語の評価なのかな、と思います。

 

先日、東京都の教育委員会の英語担当の方とか、JTBの教育旅行担当の方とかまあいろいろな人がオークランドに来て、大学や高校を視察して回っている中のミーティングに参加させていただいたときに、

 

「お〜!!」と言われたのは、留学前に取ったTOIECとIELTSの点数だけでした。

 

他に発言させてもらったのは、ピアメンターというティーチングメソッドやSelf Access Learning Centreの普及と研究の促進に関してですが、若い私が説明しても、あまり興味を持ってもらえずに終わりました。

 

特に女性は、「だから何?」という感じで流そうとしている雰囲気がとてもツラかったです。汗

 

それもそのはず、Peer MentorもSelf Access Learning Centreも、結果ではなくて過程を後押しする場所であって、そのティーチングメソッドの結果が私であって、その結果はIELTSのポイント等でしか見れないのです。

 

それから、私の友達はカーレーサーなのですが、

彼にとっての「結果」は「勝つか負けるか」で、

勝ってきたから彼は尊敬され、

彼のビジネスとしてレーシング学校が儲かるわけで、

儲かれば儲かるほど、それも結果として上乗せされるわけなのです。

 

勝ち負けがない職種の場合は、

  • 売り上げが伸びた
  • 任されていたプロジェクトを成功させた
  • 誰かを助けた

などが結果に当たるのです。

 

 

だから何って?

 

要するに言いたいことは、

「これをやってきて〜あれは大変で〜はははこうやって乗り越えたさ〜」

というのはただの自慢話であって、

それで嫉妬を勝っても自業自得なのです。

 

自分は、「へ〜もえみんってすごいね〜」

って言われるのが高校の時から嫌いだったのですが、

同じ目線で見てくれる人とシェアしあうのは大好きです。

なんか二つの人生を一気に体験している気になります。

 

個人的にシェアは悪いことじゃないし、自慢するわけではなくて、

私はこうしてきた、私もこうしてきたよ、あ、じゃあ自分のしてきたことは正しかったんだ、というような気づきのプロセスの方法としては大事だと思います。

 

私は、一人で考えることも好きだけど(書いてまとめることが好き)

書く前にたくさんの人と話して、自分の中で結論を整理したり、

他の人の意見を聞いて、「あ〜こうかな、やっぱりあーかな?」と振り返って見ています。

 

まとめ

 

中には30代、40代だから、(年上だから)という理由で、「結果を出してから発言しようか」となだめてくる奴らがいましたが、「お前に言われたくねー」というように反発してきました。

自分の中で本心から納得できる結論に至るまでかなり長い時間を要しましたが、身近な信頼の置ける大人たちが身を持って今日書いた事を示してきてくれた事にとても感謝しています。

 

ありがとう、結果を出してきた大人たち!!

 

ということで、出る杭は打たれますが、結果を出せば出っぱなしでいいのです。

 

もえみんでした。